2017年に『キングオブコント』で王者となり、2019年には『M-1グランプリ』で準優勝を果たしたお笑いコンビの“かまいたち”。
人気の要ともなるネタを作成しているのが“かまいたち”のボケ担当、山内健司さん。
2023年の上半期テレビ番組出演本数ランキングでは10位を獲得していて、なんと241本もの番組に出演しています。
いまやテレビで見ない日はない山内健司さん。
実は国立の奈良教育大学を卒業していて、教員免許まで持っているのをご存じでしょうか。
教員免許をもっていながらなぜお笑い芸人になったのか、どんな少年時代をおくってきたのか気になりますよね。
今回は、山内健司さんの学歴と学生時代の様子を紹介していきたいと思います。
目次
山内健司の出身大学は奈良教育大学
山内健司さんは、1999年4月から2003年3月まで奈良教育大学に通っていました。
奈良教育大学は、その名の通り国立の教育系単科大学です。
奈良教育大学は2007年から“ESD”と呼ばれる、持続可能な開発のための教育に取り組んでいます。
この取り組みにより、日本の大学で初めて“ユネスコスクール”の加盟承認を受けました。
“ユネスコスクール”はユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が認定している学校で、世界中の学校と交流し、生徒だけではなく教員も情報や体験を分かち合うことができます。
日本の大学の中でも、最先端の取り組みを行っている大学なんですね。
奈良教育大学の概要(学部・偏差値)
学校名 | 奈良教育大学 |
学部・専修 | 教育学部のみ・全16専修 |
偏差値 | 47.5~55.0 |
所在地 | 〒630-8301 奈良県奈良市高畑町 |
最寄りのバス停 | 奈良交通市内循環バス『高畑町』から徒歩1分 |
公式サイトHP | https://www.nara-edu.ac.jp/ |
創立 | 1888年 |
2023年には創立135年を迎えています。
学部は教育学部のみで、2023年現在16の専修があります。
- 教育学専修
- 心理学専修
- 幼年教育専修
- 特別支援教育専修
- 国語教育専修
- 社会科教育専修
- 数学教育専修
- 理科教育専修
- 音楽教育専修
- 美術教育専修
- 保健体育専修
- 家庭科教育専修
- 技術教育専修
- 英語教育専修
- 書道教育専修
- 文化遺産教育専修
- 戸塚貴久子さん アナウンサー
- 水岡俊一さん 参議院議員
- 野村忠宏さん 柔道家
- 阿部飛鳥さん フルート奏者
- 森田展義さん お笑い芸人
- 堀内俊夫さん 政治家
森田展義さんは吉本新喜劇の座員で、大阪NSCでは山内健司さんの1期先輩にあたります。
モテモテで教員免許まで取っていた大学時代の山内健司
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山内健司さんは父親が教員をしていたこともあり、教員免許を取るため教育大学へ進学しました。
教員免許は、中学校教諭一種免許状(社会)と高等学校教諭一種免許状(日本史)を取っています。
他にも学芸員と司書教諭の資格もあり、勉強熱心なのだと思ったのですが、実はこれだけの資格を取ったのは、大学に入って頑張ったと両親にアピールする意味もあったそうです。
山内健司さんらしい抜かりのなさですね。
山内健司さんは長年「図書館司書の資格もある」と公言していましたが、実は持っていなかったと、自身のYouTubeチャンネルで暴露していました。
なんでも“司書教諭資格”と“図書館司書”を混同していたようで、デビュー3年目で気づきましたが言うに言い出せなかったといいます。
このことに絡めて、大学時代についた嘘のエピソードも飛び出しました。
大学時代に好きになった女の子が「犬が好き」だと知り、その女性に「犬が(一緒にいるかのように)見えるんだけど」と話すきっかけ作りに嘘をついたといいます。
またアルバイトをしていたカラオケ店で、周りでおばけが見えるという話題になったとき、自分も見えると同調してしまったとか。
理論的に見える山内健司さんですが、実はスピリチュアルも好きだそうで、そこも意外で驚きです。
そこから教員ではなく芸人の道に進んだ山内健司さん。
大学時代は教員になるか芸人になるか迷っていたそうです。
しかし、向いているかどうかはやってみないとわからないという思いで、お笑いの道に進む覚悟を決めました。
それはあえて就活をせず退路を断つほどでした。
そうは言っても、お笑い芸人で成功するとは限らないため、教育実習もきちんと受け、教員が向いているかどうかもその目で確かめています。
もしそこで向いていると思えば、教員になっていたかもしれません。
しかし、そんな中で行った教育実習がとにかく大変だったといいます。
大学受験並みに勉強をして授業の下準備をしても、生徒からはなんの反応もなく、先生と生徒の人間関係にも気を遣う日々。
割に合わず自分には向いてないと感じたことが、芸人の道に進む後押しとなりました。
真面目に学生生活を送っていた山内健司さん。
実は大学時代は女性にモテモテだったそうです。
本人曰く、大学の四天王が全員告白してきたとか。
入学直後から仲良しだったという女性は、後輩の女の子はかなりファンが多かったと語っています。
モテるためなのか、入学直後に60万円くらいを一気に使い服を大量に購入し、高校時代に出来なかった髪染めも、大学に入りデビュー。
しかし髪の毛は何回も連続で染めたためかなり傷んでしまい、その後染めることはありませんでした。
また当時モテていなかった友人の男性には、なぜモテないのか持論を展開していたといいます。
女の子に厳しく、キツいことを言っても、優しくするときはとことん優しくする、そのギャップが女の子を惹きつけていたようです。
よしもとブサイクランキングにも選ばれたことのある山内健司さんからは、全く想像がつかないイケイケっぷりに驚きです。
山内健司の出身高校は島根県立松江東高等学校
山内健司さんは、1996年4月から1999年3月まで島根県立松江東高等学校に通っていました。
松江市内では5番目に建てられた県立高校です。
松江東高等学校は2006年から5年間、文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)にも指定されていました。
このSSHとは、科学技術や理科・数学教育を重点的に行う学校のことで、大学との共同研究などを行っています。
野球部は選抜高校野球に出場経験もあり、バスケットボール部やボート部はインターハイの常連と、学業だけではなく部活動にも力を入れている学校のようです。
島根県立松江東高等学校の概要(学部・偏差値)
学校名 | 島根県立松江東高等学校 |
学科 | 普通科 |
偏差値 | 53 |
所在地 | 〒690-0823 島根県松江市西川津町510 |
最寄りのバス停 | 松江市交通局『学園通り北』から徒歩13分 一畑バス万原線『大内谷』から徒歩9分 |
公式サイトHP | https://www.suehigashi.ed.jp/ |
創立 | 1983年1月1日 |
松江東高等学校は進学校で、山内健司さんは入試の成績がよく、特別進学クラスに在籍していました。
- 出雲阿国さん 芸人
- 星村麻衣さん シンガーソングライター
- 神門光太朗さん NHKアナウンサー
- 川島恵さん MRT宮崎放送アナウンサー
- 須田良規さん プロ雀士、「東大を出たけれど」原作者
- 広瀬健太さん バスケットボール選手
- 安部潤さん バスケットボール選手
- サニー横山さん エアショーパイロット
- 大和未知さん シンガーソングライター
- 加賀爪タッドさん 音楽プロデューサー、ボーカリスト、ギタリスト、作詞作曲家、編曲家、松江観光大使
- 生越千晴さん 女優
- 立川幸之進さん 落語家
芸人の出雲阿国さんは1998年の4月に入学されているので、1996年に入学した山内健司さんとは1年同じ時期に通っていたんですね。
事務所も同じ吉本興業所属で、これだけ短期間に二人も人気芸人さんが出ているのはすごいですね。
また、アナウンサーやバスケットボール選手、プロ雀士などバラエティ豊かな業界で活躍されている方が、多くいらっしゃいますね。
非モテで孤立していた高校時代の山内健司
高校時代の山内健司さんは、剣道部に入部し主将を務めていました。
しかし、部全体が弱すぎて練習試合をしてもらえなかったそうです。
特に主将であった山内健司さんは、他の部員に厳しく指導していたにも関わらず誰よりも弱かったといいます。
あまりにも弱かったため、開始直後に面を入れる、剣道経験者からはバカにされる戦法を取っていました。
最後の試合の直前には四十肩になり、試合ではコテしか打てず負けてしまいました。
それだけ弱かったにも関わらず、主将となった経緯が気になりますね。
それだけ人望があったということでしょうか。
高校生の頃の恋愛にも興味深いエピソードがありました。
当時好きだった女の子がウサギっぽい感じだったそうで、その子のことを“うさちゃん”と呼んでいました。
その“うさちゃん”のことが好きすぎて、あふれる思いを日記に綴っています。
告白はできず、友達として仲良くなった“うさちゃん”に日記を手渡し、彼女が留学する際にはうさぎのぬいぐるみを渡しました。
友達にそこまでされたらちょっと怖いような気もしますが、テレビ番組に出演したその“うさちゃん”は日記もぬいぐるみも未だに持っていました。
まんざらでもなかったのかと思いきや、山内健司さんが結婚した際返却しようとして断られ、「機が熟したときに表に出せっていうフリ」かと思い取っておいたそうです。
可愛くて、お笑いのセオリーもわかっている“うさちゃん”。
山内健司さんがここまでゾッコンになってしまうのも頷けますね。
大学時代はモテていた山内健司さんですが、高校時代はまったくモテなかったそうです。
バレンタインの日は教室で勉強しているフリをして、女の子がチョコを渡してくれるのを待ち続けました。
しかしいくら待ってもチョコは来ず、気づけば学校は閉門。
見回りにきた守衛さんに驚かれたといいます。
なんとも濃い学生生活を送っているようにみえますが、実は高校デビューに失敗している山内健司さん。
小学校・中学校と地元で過ごし、高校で環境がガラッと変わる不安から抜け出そうと、遠足のバスの中でカラオケを大熱唱したそう。
あまりの勢いに周りは引いてしまい、クラスの中で孤立してしまいました。
しかし、お笑いの知識でクラスのリーダー的存在の人物と意気投合し、楽しい高校生活を送れたといいます。
高校時代、早く周りと打ち解けようと空回ってしまうなんてことはよくありますよね。
それでもそれを覆せてしまう山内健司さんは、やはり人を惹きつける魅力を持っていたのでしょうね。
高校卒業後の進路を考えた時に、芸人になる案も出たといいます。
しかし高校を卒業してすぐ芸人を目指すというのは、あまりにも現実味のない発想でした。
そのため、とりあえず教員免許を取るため奈良大学を目指すことになりました。
山内健司の出身中学は松江市立本庄中学校
山内健司さんは、1993年4月から1996年3月まで松江市立本庄中学校に通っていました。
学校の目の前には日本海に繋がる“中海”という湖が広がっています。
北部には枕木山という、島根半島の北山山系を代表する山があり、自然に囲まれた地域です。
松江市立本庄中学校の概要
学校名 | 松江市立本庄中学校 |
所在地 | 〒690-1114島根県松江市野原町424-2 |
最寄りのバス停 | 一畑バス万原線『本庄中学校入口』から徒歩1分 |
公式サイトHP | http://www.city.matsue.ed.jp/honjou-j/ |
創立 | 1947年4月1日 |
お笑いセンスをべた褒めされた中学校時代の山内健司
山内健司さんは中学校時代野球部に所属し、ポジションはセンターを務めていました。
生徒会長も務めていて、当時の担任の先生は「明るくて学級で目立つ、エース。優しくて、おとなしい子も含め、みんなを巻き込んでクラスを盛り上げる子だった」と語っています。
生徒会長になった際は、卒業式の答辞を先生や保護者にしたいと校長先生に直談判するほど熱意がありました。
担任の先生からは「将来、絶対に大物になる」「お前は本当に面白い」と、ことあるごとに褒められていたそうです。
また、中学校・高校ではモテないが、大学生になったらきっと花開くともいわれていました。
それは大学生になれば、山内健司さんの明るさと優しさ、周りを照らす輝きを持つその良さを分かる人が出てくるという意味があったそうです。
この担任の先生の言葉通り、大学時代はモテモテで今や大人気の芸人となった山内健司さん。
先生も一目置く人柄の良さがあったんですね。
山内健司の出身小学校は松江市立本庄小学校
山内健司さんは、1987年4月から1993年3月まで松江市立本庄小学校に通っていました。
本庄中学校からは徒歩2分の所にあります。
本庄小学校は、2023年に創立150周年を迎えた歴史のある学校です。
本庄中学校や、同じ学区の幼稚園・保育園と連携して一貫教育を行っているのが特徴的です。
地域の方々も授業に参加することがあるそうで、地域全体が密となって、こどもを育てることを大切にされています。
松江市立本庄小学校の概要
学校名 | 松江市立本庄小学校 |
所在地 | 〒690-1115島根県松江市邑生町76-3 |
最寄りのバス停 | 一畑バス万原線『本庄中学校入口』から徒歩2分 |
公式サイトHP | http://www.city.matsue.ed.jp/honjou-e/ |
創立 | 1873年5月9日 |
人気者だった小学校時代の山内健司
小学校時代も中学校時代同様、学年の中心人物でモテないけど人気者だったといいます。
なんと小学生の頃から、面白いエピソードが存在しました。
この頃は常にスポーツ刈りだった山内健司さん。
小学3年生の頃いつも行っていた理髪店で、パンチパーマにしないかと提案を受けました。
子どもだったためはっきりと断ることも出来ず、言われるがままパンチパーマにしてしまいます。
家に帰ると案の定母親に問い詰められ、その日のうちに元に戻すことになったのでした。
パンチパーマの小学生、怖くて近づけませんが、見てみたかった気もします。
ちなみに漠然と芸人に憧れを持ったのは『ダウンタウンのごっつええ感じ』を見たからだそうです。
当時は、この番組を見ていないと友達との話についていけないほど、人気の番組でした。
まとめ
今回は山内健司さんの学歴と学生時代の様子を紹介してきました。
父親の影響で、国立の奈良大学へ進み教員免許を取得した山内健司さん。
教員の仕事は割に合わないと感じ、やるだけやってみようと芸人を志します。
小学校・中学校では先生が認めるほどの人気者で、リーダー的存在であったことがわかりました。
山内健司さんには理路整然と語る言葉を笑いに変えていくセンスと、不思議と人を惹きつける魅力があります。
それは幼いころからリーダーをしていたその資質と、教員としての教えが根底にあるからかもしれませんね。
2023年に、4年ぶりに復活した『FNS27時間テレビ』で総合司会も務めた山内健司さん。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの山内健司さんが、今後どのような活躍を見せてくせるのか、目が離せません。