1975年、歌舞伎役者市川段四郎の長男として生まれた市川猿之助さん(本名・喜熨斗孝彦)
1985年(当時9歳)には、歌舞伎座夜の部、双生隅田川で宙乗りを勤め、当時の最年少宙乗り記録を樹立しています。
歌舞伎役者としてだけでなく、俳優としても活躍する市川猿之助さんの学歴を調べたところ、慶応義塾大学出身ということが分かりました。
今回は、市川猿之助さんの学歴や学生時代の様子を紹介していきたいと思います。
市川猿之助さんの出身大学は慶応義塾大学
市川猿之助さんは、慶応義塾大学文学部国文学専攻を1994年4月に入学し、1998年3月に卒業しています。
自宅は東京都目黒区ですが、通っていた三田キャンパスは隣の港区のため結構近いですね。
慶応義塾大学の概要(学部・偏差値)

学校名 | 慶応義塾大学 |
学部・コース | 10学部(市川猿之助さんは文学部) |
偏差値 | 60~72.5 |
所在地 | 〒108-0073 東京都港区三田2丁目15−45 |
最寄駅 | 三田駅(都営地下鉄浅草線・都営地下鉄三田線) |
公式サイトHP | https://www.keio.ac.jp/ja/ |
創立 | 1858年 |
市川猿之助さんは慶応義塾大学の文学部・国文学専攻に通っていたのですが、なんと偏差値は、65です。
難関校ですが、市川猿之助さんは頭が良かったんですね。
慶応義塾大学の学部は以下の10学部です。
- 文学部
- 経済学部
- 法学部
- 商学部
- 医学部
- 理工学部
- 総合政策学部
- 環境情報学部
- 看護医療学部
- 薬学部
市川猿之助さんが通っていた文学部はさらに6つの学科・専攻に分かれています。
- 人文社会学科
- 哲学系(専攻:哲学、倫理学、美学美術史学)
- 史学系(専攻:日本史学、東洋史学、西洋史学、民族学考古学)
- 文学系(専攻:国文学、中国文学、英米文学、独文学、仏文学)
- 図書館・情報学系(専攻:図書館・情報学)
- 人間関係学系(専攻:社会学、心理学、教育学、人間科学)
この6つの中から文学系の国文学を専攻しました。
かなり細かく分かれているんですね。
また、文学部では学年によってキャンパスが変わります。
大学1年生・・・日吉キャンパス(神奈川県)
大学2~4年生・・・三田キャンパス(東京都)
ほとんどを三田キャンパスで過ごしていますが、大学1年生のときだけ神奈川県横浜市にある日吉キャンパスに通っていました。
また、慶応義塾大学出身の芸能人は、かなり多くいます。
慶応義塾大学出身の主な芸能人
- 香川照之さん(歌舞伎役者・俳優)
- 市川段四郎さん(歌舞伎役者・市川猿之助さんの父)
- トリンドル玲奈(タレント)
- 水卜麻美(アナウンサー)
などたくさんの芸能人が慶応義塾大学出身です。
中でも香川照之さんは、市川猿之助さんのいとこにあたります。
俳優・歌手・タレントと多くの有名人が慶応義塾大学出身ですが、特にアナウンサーの方が多くいるようです。
市川猿之助が慶應義塾大学を選んだまさかの理由
難関校である慶応義塾大学に自己推薦で合格し、入学した市川猿之助さんですが、慶応義塾大学に入った理由について
- 家族に慶応義塾大学出身が多かった
- 三田キャンパスが家から近かった
と話しています。
そんな理由で選べるほど容易く入れる大学ではないですし、市川猿之助さんは相当頭が良かったのでしょうね。
慶応義塾大学に入学したあとも歌舞伎で忙しかったと思いますが、市川猿之助さんは学生生活も楽しめたようです!
友人と徹夜で麻雀をしてそのまま学校へ行く生活をしていたと話しています。
勉強もかなり熱心に取り組んでおり、授業に出席することはもちろんすべての科目で評価Aを目指していたのです。
大学1年生のときには、色々な経験を積むためにあえて興味のない授業を取っていたと話しています。
歌舞伎・勉強・交友関係すべてに全力で取り組んできたことがよくわかりますね!
完璧主義なところがあるようにも思えます。
そんな市川猿之助さんは、大学時代にできた友人関係は一生ものになったと話しています。
市川猿之助さんの出身高校は暁星高等学校
市川猿之助さんは、暁星高等学校に1991年4月から1994年3月まで通い、卒業しました。
暁星高等学校は、暁星中学校・高等学校で中高一貫校のため、入学は1988年4月にしていることになります。
暁星高等学校の概要(学部・コース)
学校名 | 暁星高等学校 |
学科・コース | 普通科 |
偏差値 | 70 |
所在地 | 〒102-0071 東京都千代田区富士見1丁目2−5 |
最寄駅 | 九段下駅(東西線・半蔵門線・新宿線) |
公式サイトHP | https://www.gyosei-h.ed.jp/ |
創立 | 1888年 |
暁星中学校・高等学校は、中高一貫教育の私立学校(男子校)で、フランス語教育に力を入れています。
キリスト教カトリックに基づく教育を行っており、中学高校ともに宗教の授業があります。
高校2年生からは、文科系・理科系のクラスに分かれ、高校3年生にはさらに志望コース別に分かれて、選択授業を多く取り入れています。
暁星高等学校出身の主な芸能人は、
暁星高等学校出身の主な芸能人
- 香川照之さん(俳優)
- モト冬樹さん(タレント)
- 賀来賢人さん(俳優)
などたくさん芸能人の方がいます。
他にもサッカー選手やアナウンサーの方も暁星高等学校を卒業していました。
陰キャで草食系男子だった高校時代の市川猿之助

高校時代の市川猿之助さんは、現在のような凛々しい姿とは少し違う雰囲気でした。
目立たず寡黙で歴史好きな青年で、ナヨっとしていて挙動もおどおどしていました。
男子校だったこともあり、他の同級生たちは休み時間や放課後には好きなアイドルや芸能人の話しで盛り上がることが多かったが、市川猿之助さんは興味がなかったようです。
高校時代の市川猿之助さんにインタビューをしたときの様子を記者が次のように語っています。
高校2年生のころの市川猿之助さんは、高校2年生よりも少し幼く感じられ、
なで肩で華奢、そして目元がぱっちりとしていました。
まるで小鹿のバンビちゃんのような雰囲気でした。
成績は学年で常に10位以内と素晴らしい成績だったそうで、学校の先生が歌舞伎の道に進む人でなければ東大コースと話すほどでした。
しかし、成績が優秀だからといって歌舞伎の方を手を抜いたりせず、朝6時に歌舞伎の稽古をしてから学校に行き、学校が終わるとまた稽古という生活をしていました。
そんな市川猿之助さんが高校時代に読んでいた本は以下のとおり
- 名優芸談集
- 六代目菊五郎評伝
- 中村仲蔵の手前味噌
- 役者論語
- 近松門左衛門の作品
また、浮世絵にも興味がありお小遣いを貯めて買い集めていました。
若いころから独特の感性を持っていて、難しそうな本ばかり読んでいたんですね。歌舞伎をしながらでも、成績が優秀なんてすごいですよね。
天才としか言いようがないです。
もし、歌舞伎をやっていなかったら今頃どんな職業に就いていたのでしょうか。
気になりますね。
ちなみに、市川猿之助さんは慶応義塾大学に合格したあと、週刊誌のインタビューでこんなことを語っています。
歌舞伎といえば稽古が厳しくて大変と思うでしょうが、案外楽なもんですよ。
稽古は週2、3日ですし、自分の時間もたっぷりある。
大学に入るための勉強は嫌いだから受験勉強もしませんでした。
受験勉強せず慶応義塾大学に合格したということでしょうか?
これは驚きですね。
普段からしっかり勉強しているから、特別に”受験勉強”として、勉強する必要がなかったんですかね。
歌舞伎と学業をここまで余裕をもって両立して見えるのは素晴らしいと思いました。
市川猿之助の出身中学は暁星中学校
市川猿之助さんは、暁星中学校に1988年4月に入学し1991年3月まで通っていました。
中高一貫校のため1991年4月からは、暁星高等学校に進級しています。
暁星中学校の概要

学校名 | 暁星中学校 |
偏差値 | 66~69 |
所在地 | 〒102-0071 東京都千代田区富士見1丁目2−5 |
最寄駅 | 九段下駅(東西線・半蔵門線・新宿線) |
公式サイトHP | https://www.gyosei-h.ed.jp/ |
創立 | 1888年 |
中学から高校まで一貫したカリキュラムで、基礎学力の充実を目指しており、
教科によっては、習熟度に応じた授業編成をしています。
また、高校の課程の一部を中学で習得している教科もあります。
学内では、中学生が1~3年生、高校生が4~6年生と呼称されています。
暁星中学校出身の主な有名人は、
暁星中学校出身の主な有名人
- 山本剛正さん(元衆議院議員)
- 大石正光さん(元衆議院議員・元参議院議員)
など、議員さんが多かったです。
スポーツが苦手だった中学時代の市川猿之助

暁星中学校というかなり偏差値の高い学校に通っていた市川猿之助さん。
当時の同級生は市川猿之助さんのことを、まつ毛が長く目元が綺麗で歌舞伎役者はすごいと話しています。
いじめとも無縁だったとのことです。
また、暁星中学校では、サッカー選手を輩出するほどの強豪校でサッカーに力を入れていますが、市川猿之助さんは部活で毎日サッカーをすることが苦痛だったと語っています。
あまりスポーツは好きではなかったのでしょうか。
でも幼少期から歌舞伎をやっていたら、サッカーのような激しいスポーツは好きにならなそうですよね。
それに、もし怪我でもしたら歌舞伎に影響がでますからね。
そんな市川猿之助さんは中学時代も歌舞伎の稽古に励み、1989年7月には、歌舞伎座昼の部「独楽」を13歳で勤めました。
市川猿之助の出身小学校は暁星小学校
市川猿之助さんは、暁星小学校に1982年4月に入学し、1988年3月に卒業しています。
小・中・高と暁星の学校に通っていたんですね。
暁星小学校の概要

学校名 | 暁星小学校 |
所在地 | 〒102-0071 東京都千代田区富士見1丁目1-13 |
最寄駅 | 九段下駅(東西線・半蔵門線・新宿線) |
公式サイトHP | https://www.gyosei-e.ed.jp/ |
創立 | 1888年 |
暁星小学校は、私立の男子校であり入学するためには入学試験に合格する必要があります。
まず、一次試験では理解力、思考力、判断力を問うペーパーテストを行い、二次試験では、入学後の集団生活を送るための力を問うテストを行います。
そして暁星小学校は、小中高と12年間の一貫教育を目的としているため、強制ではないですが、暁星中学校に進学することを原則としています。
また、英語授業の枠の中で1・2年生全員が、年間6回フランス語に触れる機会が設けられており、小学3年生では、フランス語教室に自由参加することができます。
小学校からフランス語に触れるとは…私なんて大人になった今でもフランス語の勉強は全くしたことないですよ(笑)
ちなみに暁星小学校を卒業した有名な人は以下の通り。
暁星小学校出身の主な芸能人
- 賀来賢人さん(俳優)
- 平岳大さん(俳優)
- 中村東蔵さん(歌舞伎役者)
暁星小学校に通う子供たちはみんな英才教育を受けているのでしょうね!
小学校時代の市川猿之助
市川猿之助さんは、7歳で二代目亀次郎を襲名して初舞台を踏みました。
市川猿之助さんの母は、子供のころの市川猿之助さんについて次のように話しています。
子供はたいていデパートのおもちゃ売り場に行きたがるのに、市川猿之助さんは仏壇屋に連れて行ってと言っていました。
そこで、僕このお厨子が欲しいなという子だったという。
そんな市川猿之助さんは、小学生時代「キノシ」と名字で呼ばれることが多かったそうです。
おとなしいグループにいて2、3人で追いかけっこをしたり、校内に咲いている花を友達を見ていました。
また、歌舞伎の女形の練習をしていたため、走り方やしゃべり方、しぐさにツヤっぽさを感じさせていたとのことです。
周りとは少し変わった雰囲気をまとっていた市川猿之助さんですが、小学生時代はお年玉で30万円近くもらっていたと番組出演したときに話しています。
他にも家族で六本木の高級中華料理の有名店に行ったり、京都では山盛りのマツタケを食べたりもしました。
30万円ってすごいですよね。
私が小学生のころは5千円でもめちゃくちゃ嬉しかったのに・・・(笑)
お坊ちゃまといったところでしょうか。
しかし、市川猿之助さんは小学生で仏壇屋に行きたがるくらいの方ですから、30万円の使い道も普通の子供とは少し違うんでしょうね。
そして市川猿之助さんが子供時代のとき、歌舞伎の公演が終わったあと楽屋に美空ひばりさんが来たこともあったといいます。
美空ひばりさんは市川猿之助さんの母に、「あんたの子どもに泣かされたわよ」と言ってくれたそうです。
市川猿之助さんはこの言葉が一生の宝物と語っています。
まとめ
市川猿之助さんは歌舞伎だけでなくテレビドラマや映画に大活躍していますが、小学生のころから私立に通うほど頭も良いことがわかりましたね。
慶応義塾大学を選んだ理由が、家から近いからということには本当に驚きましたが、学生時代もかなり優秀だったようですから、市川猿之助さんにとっては難関校には感じなかったのかもしれません。
また、学生時代と現在とでは、性格や雰囲気もだいぶ変わったようですね。
これもすべて歌舞伎での活躍が影響しているのでしょうか。
歌舞伎も頭脳も天才としかいいようがない市川猿之助さんだけに、逮捕されてしまったニュースにはとてもショックでした…
もし仮に社会復帰される時が来たときはその才能をぜひ社会のために役立ててほしいなと思います。
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